知ってるものの増え方


最近のお嬢ちゃん、「○○みたい」と、すぐに喩えを出す。
とくに、初めて触れるものに対して、喩えてる気がする。
例えば、初めて、アサリを食べて、「はなくちょみたい」
喩えの対象は悪いが、お嬢ちゃんの現状の知識から最適なものを選んだ結果、こうなったんだろう。
お嬢ちゃんはアサリを認知した。
よくよく考えると、自分たちも初めて食べるものに対して、まず、「○○みたい」「うん、そうやねー」などの会話をしている気がする。
しかも、特に食べもの・味の喩えって難しい。
自分の未知のものを解決していく場合、自分の現状の知識に紐付け、認知していくのかな?

新しい知識を既存の知識に関連付け、認知し、覚える。
だれも教えてないのに、すごいなぁと思う。
自然にできてしまうぐらい、このものの覚え方が最も効率がいいのかもしれない。
連想ゲームみたいな感じ。
逆に、全く今までの経験では喩えられないものに会うと、「うーん」と困ってしまうか、パッと何か閃いたりするのかも!
まさに、「喩えようがない!」っていう感覚。
こういう言葉があるってことは、みんな、連想ゲーム的に認知し、知ってるものを増やしていくということ?

お嬢ちゃん「○○みたい」って喩えられるようになってきたのは、知識・経験が増えてきた証拠だね。
いろんなものを経験して、あーだこーだ○○みたいだと考えるのっていいんだろね。


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